ザッツ・トーキング Vol.01(CANNOの雑的トークサロン)

藤田理麻&管野秀夫 対談

藤田理麻絵画展『ランゼン〜Rangzen〜』〜忘れられた聖地〜&ベネフィットイベント『藤田理麻のWonder Talk』
at Shibuya Bunkamura Gallery
Date:2001 . 10 . 13 ~ 10 . 24
  *It was held after the terrorism of New York.


■B'zが 縁結び/ 藤田理麻とCANNO 出会いそして変遷
管野: 今回はOASISmagの対談に快く参加してくれてありがとう!久しぶりなので、知り合ってからのニューヨークの事とか最近の絵の事とか、今回のチャリティーの事とかを話していきたいんだけど
藤田: じゃあどんどん話聞いて下さい。なんでも答えますので

管野: (展示会場を見渡して)すごいねー、ひっきりなしだね
藤田: 今日は土曜日だから。月曜日とか人がシーンとしてた。準備で疲れちゃって。3日寝てました。爆睡(笑)。テロ以来ずっと考えてみたら休みがなくて、いっきに疲れが出て一年分寝た(笑)
管野: (笑)
藤田: 寝溜。しばらく大丈夫(笑)
管野: じゃあなんとなく始めますかねぇ
藤田: はい、もう回ってる?
管野: とっくに回ってるんだけど

藤田: (管野さんと知り合ったのは)もう十何年前だよね?
管野: B'zのリスキーの頃だから、彼等がデビューして一年位だからそうね、十年、十一年位前ですよね
藤田: そうそう
管野: それが一番最初で
藤田: 早いね〜。
管野: 僕がB'zのデビュージャケットや諸々の初期の写真を撮っていて。リスキーのジャケ写をニューヨークで撮ると言う事になり その時に、仕事を一緒に、、
藤田: そう!私から考えると、きっかけはローリーなのね。ローリーと私すごく仲良しで、頼んでた方が来れなくなっちゃったとかで急遽行って、管野さんと出会って
管野: そうだね、元々女性誌の仕事でニューヨークに行って、僕はローリーとその時に 知り合っていて、B'zの撮影でニューヨークに行くよっていう時にローリーがたまたまコーディネート出来なくなって、それで理麻ちゃんを紹介してもらってB'zの仕事を一緒にしたんだよね。 その時期は、クラブとかで理麻ちゃん絵を描いていたんだよね。
藤田: そうそう。マーズという当時はすごいクラブがあって、そこで壁画を頼まれて描いてて、そこで撮影したんですよね。それでB'zの本人たちがすごく気に入って、マーズっていうCDになった(笑)だから全部繋がってるの。(マーズは)一度閉まったんだけど、SMクラブになったとか聞いた。恐くて行ってない
管野: あの当時の絵っていうのは今と随分違う、あれは初期?
藤田: あの絵は完成したのが87年の12月31日だったから約88年で、まだ学生だったし全然違うですね
管野: 今の理麻ちゃんから見るとあの絵はどんなポジションになるのかね?
藤田: 私の中でですか?スタイル的には、今のスタイルが出来たのって美大の3年生の時なんですよ。それ以来ずっと変わってないの(笑)幸か不幸か分からないんだけど。私はアートシーンでどうにかしたいっていう人ではないんです、全然。例えばニューヨークのアートシーンで有名になりたいって言うとすごく斬新で、今までにないものをしないといけないのね。常に新しいものを追求するっていうか。で、私は全然そういうタイプじゃなくって、無理に自分でスタイルを変えない方なんですよ。自然と変わっていく方って言うか。スタイルも美大の時から、、、その頃に比べると洗練されてきたけど、基本的にパステル使って黒地に描くっていうのは変わってなくて。そろそろ無理矢理変えていかなくちゃっていう気は全然ないんで。だからそこがいわゆる普通のアーティストっていうのとちょっと違うかなって
管野: でも僕なんかが考えるのは、逆にそれがアーティストかなって思う
藤田: ほんとに!?
管野: 一つのスタイル、技法とかいろいろあるじゃないですか。それにある年月をずっとやり続けることってすごくアーティスティックな行為だなって。僕は最近思って見ているのは、最初の作品からみるとモチーフとかイメージが変わってきてるんじゃないかなっていうのを感じてて


■変化する作風と人生
藤田: あのね、すっごい大きな変化は93年からで、それまで私はアウターのものばかり描いてたんですよ。見て、触れるもの。ところが93年、こう自分の中のもの、夢とか自分なりの幻想だとか、そういうのしか描かなくなって。一言でいうとシュールになったっていうか。93年っていう年がいろんな意味で私にとってターニングポイントになったんです。環境とかは全然変わらなかったんですけど、変わった体験があって、それがきっかけで人生を見る(角度が)180度変わったっていうか。それまでは私は好きな絵を描いて適度に成功して、それでラッキーで有名になればいいなって思ってた。ところがある体験があってから、絵っていうのは目標のゴールではなくてあくまでも道具、何かをするための道具という考えにシフトしたので。で、その目標っていうのは今までは富と名声を得ればいいって思ってたんだけど、例えばなにか奉仕のためにできればいいとか、なにかの役に立つために絵をあくまでも道具で使うっていう風に変わったから、ある意味では私にとって最高のギフトだった。って言うのは私は美大の時からデビューして、すごく人から見たらラッキーだったんです。美大の頃から雑誌とかで絵描いてたし、個展もしてたし、すごいコレクターもついてたし。だけどもその、なんかいつも空しい部分があって、何のために自分は絵を描いてるんだろうかっていうのがずっとあって、一流の画商とパーティーに行っていろんな人と交流を持って、一見華やかであってもつい自分が本当の意味で満足してなかったから、ずーっとこういう世界で生きていくんであれば私はいわゆるアートシーンっていうのに全く興味がないっていうのに気付いてて、それよりももっとその、私の絵っていうのはほんのひとにぎりの1%の画商じゃなくて普通の一般人がよかったの。あの、一般の人に見て頂いて、何かを感じてほしかったから。だから例えばニューヨークで画家として成功するには、ニューヨークの中のほんのひとにぎりの1%の画商の人たちとやっていれば全てはうまくいくんだけれど、私にとってアートはそうじゃなかったから。あとニューヨークのアートっていわゆる現代美術ですよね。こう、知性にうったえかけるアートであって、私はアートは心だと思ってるから、その分かる分からないよりもその人がいかに幸せになるかとか、いかに悲しくなるかとか、そっちの方が私にとってずっと大事だったから。そういう問いかけがある時にそういうきっかけがあって。だから私にとってはすっごく楽になった。「あ、私はアーティストとして有名にならなくても、お金持ちにならなくてもいいんだ」ってすごく楽になって。それから作品ももっと自由になったと思うし、いろんな意味で、本当の意味で自分の旅っていうのが始まったっていうか、今もその途中なんんですけど(笑)たぶんクリエイトする人は一生その旅が続くから、ほんのまだ駆け出しなんだけども
管野: だから見てると、絵を作って自分の精神状態を浄化していくと言うか、ものすごく幸せな気持ちにしていく作業を身に付けたっていう言い方は変なんだけど、それが私なんだっていうことを発見し、それを今形に残してる訳ですね。僕なんかも写真っていうことに関して言えば、100%自分のイメージを表現するっていうことでもない訳じゃないですか。写真では被写体があってグルーブがあったりとか、いろんな要素があって。で、僕の中でこういう風に撮りたいって思っても 必ずしもそうならない。それを求めちゃうとやっぱりすごく空しくて。だからむしろ写真を撮ってる行為が楽しかったり、それをプリントして見てもらった時にその人に綺麗ですねとか、感想を言ってもらった時にすごい幸せを感じる。それがあるから写真撮っていられるのかなって気持ちがやっぱりあるんですよね。それは結果、評価されるとかされないとかそう言う事じゃなくて、僕と見てもらっている人の間にコミュニケーションができてて、喜びとか悲しみは写真を通じてやっぱあったんだなって。すごく精神的になんて言うか気持ちよくなるためのなにか、あるような気がする。僕は写真なんだけど
藤田: ああ、なるほどね
管野: だからそのへんはちょっと似てるかなって思いますよね。だから写真が人生の全てではないっていうのは、僕なりに理麻ちゃんが言っていることはよく分かる、すごく。それは精神的にはすごくいいことだと思う
藤田: 私はあの、写真見ていつも思うんだけども、同じものが10人撮るとほんとに違うでしょう?あれいつも不思議でしょうがない
管野: あれね、うまいへたもある(笑)
藤田: だけど、その人がでますよ
管野: でるでる
藤田: だって管野さんの写真、管野さん見るもん。管野さんがいるもん、そこに。私あれが不思議でしょうがない
管野: あのね、カメラマンの意気込みっていうかね、目的意識っていうかね。例えば、どういう風に撮りたいっていうのが絶対あるじゃない?僕は女性に立ち向かった時は綺麗に撮りたい美しく撮りたい、より美しく撮りたい、ちょっと過激にとかも演出的に撮りたいっていうのがすごくあるから。やっぱりカメラマンの意識で全然写真の表情変わっちゃいますよね。それより感性の方が今は大事かなっていう
藤田: なるほどね〜

管野: 理麻ちゃんの肖像画見てて僕はね、やっぱり理麻ちゃん強い人だなて思う瞬間あるのよ。書き続ける強さを感じるんだよね〜うん
藤田: なんかね〜、、、私はアーティストって二種類あるって聞いたの。こう、描こうと思って描く人と、描かないと死にたくなるような人と描かずにはいられないっていう。私は二番目の方で、描いてないとおかしくなるっていうか、自分が。実はその一時、エージェントが変わって。あるエージェントの時に「理麻さん明るい絵を描いた方が売れるから、明るい絵を描いてくれ」って言われたことがあって、その時は私スランプですっごい悲しかったんです。だから悲しい絵ばっかり描いてたの。そしたらすごくエージェントに怒られて「こんな絵じゃ売れないから駄目です」って言われてねー
管野: (笑)よけい駄目〜って
藤田: そうなんです。でも、これしか描けないからごめんなさいってとにかく描いて、発表したら完売したのね、その年。そん時にやっぱり見る人も私の精神が入ってるか入ってないか分かるんだなってほんとに思った。悲しくてもいい絵だったから多分みんなに伝わって。悲しい時は悲しい絵を描きたくなるし、それを描かないと辛いんですよ、逆に。自分にとってセラピーっぽいかもしれない


■Why?チベットの子供達そしてボランティア
管野: そうかもね。それで今チベットの子供達に理麻ちゃんの絵を送るっていうのは、なんかすごく精神的ななにか
藤田: あれはね、私自分が夢で見た絵を描くんですね。で、夢をすごく重視してるの、普段から。で、こないだもちょっと言ったんですけど、夢の中でチベットのためになにかしろっていう命を受けたんですよ。それで、これは大変だーっていうんで、チベットの事なにも知らなかったから。でチベットについてリサーチしたらいろんな所があって。それがたった2年前なんですよ
管野: そうだよね、以前は そういう話し、してなかったもんね
藤田: 全然興味もなかったし、知りもしなかったし。で、あの、よく何で日本の中にも困ってる人沢山いるのに、何でチベットの子供助けるんだってよく言われる。私は各々役割っていうのがあると思うんです。だから私はたまたまチベットだった。だからみんなしっくりくるなんかがあると思うんですね。それが別に国じゃなくても、隣に住んでるおばあさんだったりとか、それはなんでもいいんだけれど、やっぱりそういうのがあって、自分がこれだっていうものを地道に小さな規模でもいいから続けていくっていうのが大事なのかなって思って。で、今回は私絵描きなんで、これくらいしかできないからって絵本を作った訳なんだけれども、まあこういうことしたいんだって言った時にもうみんな僕もやりたい!って言っていっきにこんな風になっちゃって。やっぱり嬉しかったっていうか
管野: みなさんね、実は手をあげる人を待っていたんじゃないかな。賛同してくれている人が身近で、わりとお友達みたいな人達だから。理麻ちゃんが手を上げた時に「理麻ちゃんやってくれた、じゃあ僕も!」って賛同するバイブがあったような気がする。賛同するのも抵抗なくねぇ、入っていけてるんじゃないかって僕はちょっと見てましたけども
藤田: やっぱりチベット問題って、日本って非常に動きにくいのね、中国よりだから。だから例えば芸能人の人たち坂本さんとか、藤井フミヤ君とかもそうだけど、チベットのことを本当に思ってる人たちいっぱいいるんです。ただ、彼等は物事をおこしにくい立場でしょう?私みたいに芸能人じゃなくて有名じゃない普通の人がきっかけを作って、まあ賛同するっていう形にしてあげると、オークションやってくれたりとか、だからそういいった意味ではどんどん私を使ってほしいって言うか
管野: だから、坂本龍一さんしかり、B'zの二人もそうだと思うんだけど、ボランティア活動を他にもやってると思う。そうすると、そればっかり見えちゃう。みんなやっぱりやりたい気持ちが意外にあって、やりたいんだけどやったら特別な目で見られるんじゃないか?って結構そういうのがあるんじゃないかな。
藤田: 難しいですよね〜。あと、ひっきりなしに来るともう切りがないと思うし、たぶん稲葉君なんかもそうだと思うし、うん
管野: さっき言ってたように、私はチベットの受け持ちって言ったけど、それが心の中に入ってきたっていうのが一番大事なんじゃないかな。自分ができる範囲。それをすごく感じるんだけど
藤田: あとその、一応表ではチベットチャリティーってことになってるんだけど、やっぱりその、最近なんでも幼児虐待とか多いでしょう?で、やっぱり弱いものを虐めることによって幸せになれないんだってことを、小さいうちから呼び掛けたいっていうのが入ってて。例えばその弱いものを助けることによって自分は満たされるんだっていうような、根本的なことを子供のうちからもっと知って欲しいなって思って。それってチベットのを見てても思うんだけど、人を思いやる精神っていうんですか?溯っていくと宗教だったり、仏教だったり、知らないけど、私は基本的にそういう宗教持ってないから、持たずにもそういうことできると思うのね。ただやっぱり、バリに行った時もそうだったけど、貧しい人がより貧しい人の世話をやっぱりしてるし、そういう精神が今の日本って失われてるっていうか、だからなんか、すごくそういう基本的なことっていうか、そういうのも今回裏にあったんです、そういう精神が。だからなんか、なんて言ったらいいんだろう
管野: いや、分かるな〜。なんかねぇ、21世紀になって、物質飽和状態になてきて。21世紀になったとたんみんなラヴだとかピースだとかちゃんと言えるようになってきたような気がする。そこまでって、競争社会っていうか、まだまだお金持ちになろう だとか人よりいいもの着ようだとか、そういう競争社会で きたものが教育にも反影しちゃっていた。そこまでラヴだとかピースだとか、本当に根源的で大事な部分を疎かにしてきてしまったんじゃないかな。へんな話ね、これはすごく怒られるかもしれないんだけど。今ニューヨーク同時多発テロでさあ、こんな状態になってるけど、日本もちょっと巻き込まれてる。で、僕ねどうなるかわかんないんだけど、戦争になるの嫌なんだけど、でも逆に僕らに何かを教えてくれてるような気がするのね。逆説的な形で。戦争するって、こういうことですよって、悲惨ですよって。僕らは戦争ですごくいろんな事を教えられてるような気がする。それは感じていかなきゃいけないなーって思うね。教訓として今持っていたほうがいいと思うんですよ
藤田: 私もそう思う
管野: やっぱりそういう気持ちがないと荒んで
藤田: ほんとだよね

管野: なんかちょっと道それちゃってごめんなさいね。でもそういうのすごい感じてて。だから子供の教育ってすごい大きなテーマだと思って。理麻ちゃんがチベットに行って子供達に会って。そういう意味では純粋だったのかもね
藤田: あの〜、彼等は私達の想像を絶するような体験をしているのね。目の前で両親が射殺されたりとかね、無理矢理ピストルを持たされて自分の親を殺すように調教されたりね、信じられないんだ。1ヵ月歩いて、途中何人も死んだりとか
管野: そういうのって亡命で?
藤田: インドに亡命。で、ヒマラヤだから死体が腐らない訳ですよ。だから死体をかき分けて亡命するんですよ。で、そういう子供達がやっぱり、なんて言うんだろう。なんとも言えなかったですよ、もう。私には想像できない。そういう子が3万人もいる、インドだけで。だからなんか、、、、ね〜
管野: 子供達ってね、素直にこっちに返してくれるからね
藤田: だからそういう子達が大人になったら、難民の子達が例えばテロの活動したから、やっぱり彼等はすごいなって思った。ほんとにすごかった、立派だった。だからそういうことをされたから、彼等はそれをバネにしてそれに負けずに奉仕してるんで、だからすごい精神だよなーと思って。学びました
管野: ある種逞しさ
藤田: 逞しい、ほんとに


■チベット民話
管野: そういう子供達に理麻ちゃんの絵を持っていってプレゼントして、あれってチベットの民話とかベースになってるの?
藤田: そう。チベットで一年かけて探して、絵をつけて編集して。語り継ぐ人が減ってるから、結構知らないのね。本になってるようなのは本にしたくなかったから。探して。でも子供だからやっぱりヨーロッパとかアメリカとかの音楽が好きな訳。だからチベット文化、日本もそうだし、そっちの方が楽しいい。でも自分の国独特の文化に誇りを持つ日が絶対来ると思うから、そういうのに役立てばいいな〜って。でも今回思った。普通チャリティーってお金持ちのおばさま達が暇つぶしに半分やるようなイメージあるじゃないですか?私も経済的にも余裕ができた時にチャリティーしようと思ってたの。ところがいつまでたっても貧乏画家で、だから一生余裕が出てくる日がないんじゃないかって焦りだして(笑)じゃあいいや、小さいことから始めようって思って。それまで何かの役に立つにはなにかおっきいことしなくちゃいけないと思ってたんだけど、大きいことしようと思うとまずできないし、続かない。で、ある日マザー・テレサのインタビューを読んだ時に、「マザー、あなたは何万人の人を助けてきた?そんな素晴らしいことができた?」って聞いた時に、マザー・テレサは「いや、私は一日一人だけ助けてきた」って。それをあの人は40年近く続けただけであって、何万人になってたりする。だからそれを聞いた時に、それでいいんだって思ってすごくまた楽になって。自分の範囲は限られてるから、それだけを始めていけばいろんなまたね、人と協力しあって広がっていくんだろうな〜って思って

管野: だからそういう意味では理麻ちゃんのそういう行動がみんなに影響してると思うのね。やる事って大事なんだなってたぶん感じてると思うのね。そういう意味で次なにかやる時に、もう少しは大きくしたりとか、いろいろ巻き込んでねえ、できればいいんじゃないかな〜って思うんだよね。僕もその時は是非参加させていただきます
藤田: 是非!巻き込んで(笑)
管野: (笑)
藤田: でもなんか、あの、見返りを勝手にしてやってるんじゃないんだけど、なんか宇宙の原理っていうか、与えるものに必ず帰ってくるっていう宇宙の原理があるじゃないですか?だからこれは今まで生きててほんとに思ったけれども、なんかこう、与えると戻ってくるっていうのがあるのね。例えば誰かが今日私に何かをくれたとするでしょう?別にくれた人に何かを返さなくても、違うものを違うひとにあげたりとか、そういうなんか、全てが支えあってる
管野: なかなかそれを分かってくれなかったりもするんだけれど、それが分かるようになるっていうのは、経験とか必要なんだろうけど
藤田: 今回私がこうやってみんなの協力をもらって孤児たちに絵本を贈って、直接的に私になにかっていうのはないかもしれない。ただ、これを作る過程っていろんな人からレクされたし、そういう意味でもお返しを貰ってるっていうか。なんかすごくあって
管野: やっぱそれが、変な言い方だけどチャリティーの意味っていう。精神的にはすごいものがあるじゃないですか。小さいボランティアだって、やった時に自分が昂揚するっていうのかな?なんていうのかわかんないけど、気持ちよくなる瞬間ってあるじゃないですか?そのへんはすごく大切だなって思う


■グレース・ケリーと自信
藤田: でもあの〜、実は突き詰めて言うと、私ほんとの意味で自信が無いんです。昔から。だからそのコンプレックスの反影なの。私はなにか特別なことを誰かのためにしないと人から愛されないっていう思い込みがある訳。これはもう自分の基本的なコンプレックスで。なんとか解消しようと頑張ってるんだけど、ほんとの真底に自信がないんですよ。そういうふうに見えないでしょ?
管野: 見えない
藤田: でも本当はそうで、だからいつもこういうことをすることによって自分の価値みたいなのを持とうとしてる訳。本来は、なんにもしなくても自然のままで人間は一人一人十分価値のある存在であるのに、自分はそういうふうに見れないんですよ。だから個人的にはそれが私の課題なんです。いつかはなんにもしてなくても私は怠慢よって素晴らしい人間なのよって言えればいいなって、それが私の究極のゴールなんだけど。うん、実はそうなんです
管野: それは自分が思ってるほど周りはそうでもない
藤田: 周りはね、違う目で私を見てくれてると思うんだけど、周りがどう見るかより自分が自分をどう見るか。それはね、これからもっと頑張って自己価値っていうんですか?そういうのを豊かにしていきたいな〜と思って
管野: それはねー、そうとう難しい問題だと思うよ。僕なんかは結構年くってきて、写真しかない、みたいなところまで来てるじゃない?ある時期から俺は写真でしか生きて行けないなと、思うところが見えちゃったりしてくるじゃない?そうするとある種強くなっちゃったりするんだけど。すごく誇りに思えてきているわけよ。そういうとこが自分の強さになってるのかなって
藤田: それしか術はないと思う。やっぱり自分で努力して自分に自信をつけていくしかないと思う。いくら人に貴方は素敵よって言われても、グレース・ケリーっていたでしょ?あの方って実は自信がない人で、あの人すっごいコンプレックス持ちだったの。いっくら周りに言われても
管野: 死ぬまで?
藤田: うん、死ぬまで自信を持ってなかったの。だからやっぱり、グレース・ケリーと比べるのはなんだけど(笑)それぐらいやっぱり自分に自信を付けていくしかないから

管野: あとはあれだね、今後の理麻ちゃんの何かやりたい事、まぁここまでやりたい事をやってて、今言うのも変な話だけど、次になにかやりたい事とかそういうのありますか?
藤田: うーん、、あの、基本的に本を持たない、絵本を持たない国の子供達っていっぱいいると思うのね。例えばアフガンの子だってそうだし、そういう子たちに本を作って、作り続けてあげたいなって。だから絵を描くのも私だけじゃなくていろんな人に参加してもらって、極端な話だけど例え私が死んでも、それだけでちゃんと続いていくような機関にしていきたいな〜と思って。絵もいろんな絵があった方が子供も楽しいだろうし、私のプロジェクトじゃなくて、みんなのプロジェクトっていう風にして、私がいなくても続いていくようなものにしたいなーって
管野: でもやっぱりね、ちゃんと理麻ちゃんがいないと駄目よ
藤田: はい。しばらくはやりますけど
管野: あとはやっぱり理麻ちゃんに賛同する若いイラストレータとかアーティストが集ってきた時に始める
藤田: 本はやっぱ大事ですよ。コンピュータ化してきてるし、絵本を誰かが読んであげるっていうのはすごい子供にとって大事だから。だから管野さん写真でもいいんですよ、写真と絵が一緒でもいいしね
管野: おお!いいねーやろうよ
藤田: やろうやろう!!やっぱり写真しかできない事と、絵にしかできないことの要素が違うから
管野: それちょっとテーマで来年、再来年になるかわからないけど、コラボできるようなね
藤田: やりましょうよ 管野さんを巻き込んで(笑)巻き込むのうまいから
管野: 巻き込まれちゃうわ〜みたいな(笑)


*藤田理麻絵画展の展示会場に隣り合せたCafeでの対談は 久々の再会に話が弾み、互いに認め会うアーティスト同士の現在と、クリエートすることの意味を素直に語り合った時間でした。
最後にはお互いにコラボレーションし、一緒に新しい作品を作りましょう。と対談は締めくくられました

藤田理麻絵画展『ランゼン〜Rangzen〜』〜忘れられた聖地〜&ベネフィットイベント
『藤田理麻のWonder Talk』会場にて
at Sibuya Bunkamura Gallery
day: 10 . 13 ~ 10 . 24  2001
  *It was held after the terrorism of New York.

   藤田理麻オフィシャルホームページ http://www.rimafujita.com/



プロフィール
藤田(ドルカー)理麻

乙女座。血液型O型。東京生まれ。兵庫県芦屋市で育つ。
1970年代に両親と共に渡米、両親が帰国後もNYに在住。

NY名門私立中学校、高校を経て、パーソンズ美術大学にてイラストレーションと絵画を専攻後、学士号修了。学生時代からアメリカの「コスモポリタン」や「インファッション」などの一流女性誌のイラストで脚光を浴びる。個展活動を続けると同時に、80年代NYの代表的ナイトクラブ「マーズ」の巨大壁画をはじめ、スターシェフ達のトレンディレストランのアートディレクションも手掛け、幅広く活躍。NY、日本、フランスを中心に多くのコレクターを持つ。
日本では、新宿伊勢丹本店や渋谷東急文化村での個展を開催する他、フジテレビ系列「ワーズワースの庭で・冒険」のタイトル画、アグロドームの巨大壁画や稲葉浩志(B‘z)のソロアルバム内の肖像画などを担当。そして「FraU」や「Vogue」、「Oggi」などの女性誌での絵や連載(絵とスピリチュアルエッセイ)などが大好評。
絵の制作と同行して平和活動に熱意を注ぎ、NYやワシントンDCを拠点として、俳優リチャード・ギアや女優ウマ・サーマンたちと「フリーチベット運動」に積極的に携っている。著書に「小さな黒い箱」(KKベストセラーズ)、「シンプル瞑想」(講談社)がある。
4年間かけて制作したチベット民話絵本「ワンダートーク」(サンクチユアリ)を2001年10月に出版。寄付を集めて2000冊をインド近辺にいるチベット孤児達に贈っ た 。ジョルジオアルマーニビジネスパーソンアワード文化人部門受賞。

注)「ドルカー」は頂いたチベットの名前で、「白いターラ神」を意味している。