| 藤田: |
(管野さんと知り合ったのは)もう十何年前だよね? |
| 管野: |
B'zのリスキーの頃だから、彼等がデビューして一年位だからそうね、十年、十一年位前ですよね |
| 藤田: |
そうそう |
| 管野: |
それが一番最初で |
| 藤田: |
早いね〜。 |
| 管野: |
僕がB'zのデビュージャケットや諸々の初期の写真を撮っていて。リスキーのジャケ写をニューヨークで撮ると言う事になり
その時に、仕事を一緒に、、 |
| 藤田: |
そう!私から考えると、きっかけはローリーなのね。ローリーと私すごく仲良しで、頼んでた方が来れなくなっちゃったとかで急遽行って、管野さんと出会って |
| 管野: |
そうだね、元々女性誌の仕事でニューヨークに行って、僕はローリーとその時に 知り合っていて、B'zの撮影でニューヨークに行くよっていう時にローリーがたまたまコーディネート出来なくなって、それで理麻ちゃんを紹介してもらってB'zの仕事を一緒にしたんだよね。 その時期は、クラブとかで理麻ちゃん絵を描いていたんだよね。 |
| 藤田: |
そうそう。マーズという当時はすごいクラブがあって、そこで壁画を頼まれて描いてて、そこで撮影したんですよね。それでB'zの本人たちがすごく気に入って、マーズっていうCDになった(笑)だから全部繋がってるの。(マーズは)一度閉まったんだけど、SMクラブになったとか聞いた。恐くて行ってない |
| 管野: |
あの当時の絵っていうのは今と随分違う、あれは初期? |
| 藤田: |
あの絵は完成したのが87年の12月31日だったから約88年で、まだ学生だったし全然違うですね |
| 管野: |
今の理麻ちゃんから見るとあの絵はどんなポジションになるのかね? |
| 藤田: |
私の中でですか?スタイル的には、今のスタイルが出来たのって美大の3年生の時なんですよ。それ以来ずっと変わってないの(笑)幸か不幸か分からないんだけど。私はアートシーンでどうにかしたいっていう人ではないんです、全然。例えばニューヨークのアートシーンで有名になりたいって言うとすごく斬新で、今までにないものをしないといけないのね。常に新しいものを追求するっていうか。で、私は全然そういうタイプじゃなくって、無理に自分でスタイルを変えない方なんですよ。自然と変わっていく方って言うか。スタイルも美大の時から、、、その頃に比べると洗練されてきたけど、基本的にパステル使って黒地に描くっていうのは変わってなくて。そろそろ無理矢理変えていかなくちゃっていう気は全然ないんで。だからそこがいわゆる普通のアーティストっていうのとちょっと違うかなって |
| 管野: |
でも僕なんかが考えるのは、逆にそれがアーティストかなって思う |
| 藤田: |
ほんとに!? |
| 管野: |
一つのスタイル、技法とかいろいろあるじゃないですか。それにある年月をずっとやり続けることってすごくアーティスティックな行為だなって。僕は最近思って見ているのは、最初の作品からみるとモチーフとかイメージが変わってきてるんじゃないかなっていうのを感じてて |
■変化する作風と人生
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| 藤田: |
あのね、すっごい大きな変化は93年からで、それまで私はアウターのものばかり描いてたんですよ。見て、触れるもの。ところが93年、こう自分の中のもの、夢とか自分なりの幻想だとか、そういうのしか描かなくなって。一言でいうとシュールになったっていうか。93年っていう年がいろんな意味で私にとってターニングポイントになったんです。環境とかは全然変わらなかったんですけど、変わった体験があって、それがきっかけで人生を見る(角度が)180度変わったっていうか。それまでは私は好きな絵を描いて適度に成功して、それでラッキーで有名になればいいなって思ってた。ところがある体験があってから、絵っていうのは目標のゴールではなくてあくまでも道具、何かをするための道具という考えにシフトしたので。で、その目標っていうのは今までは富と名声を得ればいいって思ってたんだけど、例えばなにか奉仕のためにできればいいとか、なにかの役に立つために絵をあくまでも道具で使うっていう風に変わったから、ある意味では私にとって最高のギフトだった。って言うのは私は美大の時からデビューして、すごく人から見たらラッキーだったんです。美大の頃から雑誌とかで絵描いてたし、個展もしてたし、すごいコレクターもついてたし。だけどもその、なんかいつも空しい部分があって、何のために自分は絵を描いてるんだろうかっていうのがずっとあって、一流の画商とパーティーに行っていろんな人と交流を持って、一見華やかであってもつい自分が本当の意味で満足してなかったから、ずーっとこういう世界で生きていくんであれば私はいわゆるアートシーンっていうのに全く興味がないっていうのに気付いてて、それよりももっとその、私の絵っていうのはほんのひとにぎりの1%の画商じゃなくて普通の一般人がよかったの。あの、一般の人に見て頂いて、何かを感じてほしかったから。だから例えばニューヨークで画家として成功するには、ニューヨークの中のほんのひとにぎりの1%の画商の人たちとやっていれば全てはうまくいくんだけれど、私にとってアートはそうじゃなかったから。あとニューヨークのアートっていわゆる現代美術ですよね。こう、知性にうったえかけるアートであって、私はアートは心だと思ってるから、その分かる分からないよりもその人がいかに幸せになるかとか、いかに悲しくなるかとか、そっちの方が私にとってずっと大事だったから。そういう問いかけがある時にそういうきっかけがあって。だから私にとってはすっごく楽になった。「あ、私はアーティストとして有名にならなくても、お金持ちにならなくてもいいんだ」ってすごく楽になって。それから作品ももっと自由になったと思うし、いろんな意味で、本当の意味で自分の旅っていうのが始まったっていうか、今もその途中なんんですけど(笑)たぶんクリエイトする人は一生その旅が続くから、ほんのまだ駆け出しなんだけども |
| 管野: |
だから見てると、絵を作って自分の精神状態を浄化していくと言うか、ものすごく幸せな気持ちにしていく作業を身に付けたっていう言い方は変なんだけど、それが私なんだっていうことを発見し、それを今形に残してる訳ですね。僕なんかも写真っていうことに関して言えば、100%自分のイメージを表現するっていうことでもない訳じゃないですか。写真では被写体があってグルーブがあったりとか、いろんな要素があって。で、僕の中でこういう風に撮りたいって思っても
必ずしもそうならない。それを求めちゃうとやっぱりすごく空しくて。だからむしろ写真を撮ってる行為が楽しかったり、それをプリントして見てもらった時にその人に綺麗ですねとか、感想を言ってもらった時にすごい幸せを感じる。それがあるから写真撮っていられるのかなって気持ちがやっぱりあるんですよね。それは結果、評価されるとかされないとかそう言う事じゃなくて、僕と見てもらっている人の間にコミュニケーションができてて、喜びとか悲しみは写真を通じてやっぱあったんだなって。すごく精神的になんて言うか気持ちよくなるためのなにか、あるような気がする。僕は写真なんだけど |
| 藤田: |
ああ、なるほどね |
| 管野: |
だからそのへんはちょっと似てるかなって思いますよね。だから写真が人生の全てではないっていうのは、僕なりに理麻ちゃんが言っていることはよく分かる、すごく。それは精神的にはすごくいいことだと思う |
| 藤田: |
私はあの、写真見ていつも思うんだけども、同じものが10人撮るとほんとに違うでしょう?あれいつも不思議でしょうがない |
| 管野: |
あれね、うまいへたもある(笑) |
| 藤田: |
だけど、その人がでますよ |
| 管野: |
でるでる |
| 藤田: |
だって管野さんの写真、管野さん見るもん。管野さんがいるもん、そこに。私あれが不思議でしょうがない |
| 管野: |
あのね、カメラマンの意気込みっていうかね、目的意識っていうかね。例えば、どういう風に撮りたいっていうのが絶対あるじゃない?僕は女性に立ち向かった時は綺麗に撮りたい美しく撮りたい、より美しく撮りたい、ちょっと過激にとかも演出的に撮りたいっていうのがすごくあるから。やっぱりカメラマンの意識で全然写真の表情変わっちゃいますよね。それより感性の方が今は大事かなっていう |
| 藤田: |
なるほどね〜 |
■Why?チベットの子供達そしてボランティア
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| 管野: |
そうかもね。それで今チベットの子供達に理麻ちゃんの絵を送るっていうのは、なんかすごく精神的ななにか |
| 藤田: |
あれはね、私自分が夢で見た絵を描くんですね。で、夢をすごく重視してるの、普段から。で、こないだもちょっと言ったんですけど、夢の中でチベットのためになにかしろっていう命を受けたんですよ。それで、これは大変だーっていうんで、チベットの事なにも知らなかったから。でチベットについてリサーチしたらいろんな所があって。それがたった2年前なんですよ |
| 管野: |
そうだよね、以前は そういう話し、してなかったもんね |
| 藤田: |
全然興味もなかったし、知りもしなかったし。で、あの、よく何で日本の中にも困ってる人沢山いるのに、何でチベットの子供助けるんだってよく言われる。私は各々役割っていうのがあると思うんです。だから私はたまたまチベットだった。だからみんなしっくりくるなんかがあると思うんですね。それが別に国じゃなくても、隣に住んでるおばあさんだったりとか、それはなんでもいいんだけれど、やっぱりそういうのがあって、自分がこれだっていうものを地道に小さな規模でもいいから続けていくっていうのが大事なのかなって思って。で、今回は私絵描きなんで、これくらいしかできないからって絵本を作った訳なんだけれども、まあこういうことしたいんだって言った時にもうみんな僕もやりたい!って言っていっきにこんな風になっちゃって。やっぱり嬉しかったっていうか |
| 管野: |
みなさんね、実は手をあげる人を待っていたんじゃないかな。賛同してくれている人が身近で、わりとお友達みたいな人達だから。理麻ちゃんが手を上げた時に「理麻ちゃんやってくれた、じゃあ僕も!」って賛同するバイブがあったような気がする。賛同するのも抵抗なくねぇ、入っていけてるんじゃないかって僕はちょっと見てましたけども |
| 藤田: |
やっぱりチベット問題って、日本って非常に動きにくいのね、中国よりだから。だから例えば芸能人の人たち坂本さんとか、藤井フミヤ君とかもそうだけど、チベットのことを本当に思ってる人たちいっぱいいるんです。ただ、彼等は物事をおこしにくい立場でしょう?私みたいに芸能人じゃなくて有名じゃない普通の人がきっかけを作って、まあ賛同するっていう形にしてあげると、オークションやってくれたりとか、だからそういいった意味ではどんどん私を使ってほしいって言うか |
| 管野: |
だから、坂本龍一さんしかり、B'zの二人もそうだと思うんだけど、ボランティア活動を他にもやってると思う。そうすると、そればっかり見えちゃう。みんなやっぱりやりたい気持ちが意外にあって、やりたいんだけどやったら特別な目で見られるんじゃないか?って結構そういうのがあるんじゃないかな。 |
| 藤田: |
難しいですよね〜。あと、ひっきりなしに来るともう切りがないと思うし、たぶん稲葉君なんかもそうだと思うし、うん |
| 管野: |
さっき言ってたように、私はチベットの受け持ちって言ったけど、それが心の中に入ってきたっていうのが一番大事なんじゃないかな。自分ができる範囲。それをすごく感じるんだけど |
| 藤田: |
あとその、一応表ではチベットチャリティーってことになってるんだけど、やっぱりその、最近なんでも幼児虐待とか多いでしょう?で、やっぱり弱いものを虐めることによって幸せになれないんだってことを、小さいうちから呼び掛けたいっていうのが入ってて。例えばその弱いものを助けることによって自分は満たされるんだっていうような、根本的なことを子供のうちからもっと知って欲しいなって思って。それってチベットのを見てても思うんだけど、人を思いやる精神っていうんですか?溯っていくと宗教だったり、仏教だったり、知らないけど、私は基本的にそういう宗教持ってないから、持たずにもそういうことできると思うのね。ただやっぱり、バリに行った時もそうだったけど、貧しい人がより貧しい人の世話をやっぱりしてるし、そういう精神が今の日本って失われてるっていうか、だからなんか、すごくそういう基本的なことっていうか、そういうのも今回裏にあったんです、そういう精神が。だからなんか、なんて言ったらいいんだろう |
| 管野: |
いや、分かるな〜。なんかねぇ、21世紀になって、物質飽和状態になてきて。21世紀になったとたんみんなラヴだとかピースだとかちゃんと言えるようになってきたような気がする。そこまでって、競争社会っていうか、まだまだお金持ちになろう だとか人よりいいもの着ようだとか、そういう競争社会で きたものが教育にも反影しちゃっていた。そこまでラヴだとかピースだとか、本当に根源的で大事な部分を疎かにしてきてしまったんじゃないかな。へんな話ね、これはすごく怒られるかもしれないんだけど。今ニューヨーク同時多発テロでさあ、こんな状態になってるけど、日本もちょっと巻き込まれてる。で、僕ねどうなるかわかんないんだけど、戦争になるの嫌なんだけど、でも逆に僕らに何かを教えてくれてるような気がするのね。逆説的な形で。戦争するって、こういうことですよって、悲惨ですよって。僕らは戦争ですごくいろんな事を教えられてるような気がする。それは感じていかなきゃいけないなーって思うね。教訓として今持っていたほうがいいと思うんですよ |
| 藤田: |
私もそう思う |
| 管野: |
やっぱりそういう気持ちがないと荒んで |
| 藤田: |
ほんとだよね |
■グレース・ケリーと自信
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| 藤田: |
でもあの〜、実は突き詰めて言うと、私ほんとの意味で自信が無いんです。昔から。だからそのコンプレックスの反影なの。私はなにか特別なことを誰かのためにしないと人から愛されないっていう思い込みがある訳。これはもう自分の基本的なコンプレックスで。なんとか解消しようと頑張ってるんだけど、ほんとの真底に自信がないんですよ。そういうふうに見えないでしょ? |
| 管野: |
見えない |
| 藤田: |
でも本当はそうで、だからいつもこういうことをすることによって自分の価値みたいなのを持とうとしてる訳。本来は、なんにもしなくても自然のままで人間は一人一人十分価値のある存在であるのに、自分はそういうふうに見れないんですよ。だから個人的にはそれが私の課題なんです。いつかはなんにもしてなくても私は怠慢よって素晴らしい人間なのよって言えればいいなって、それが私の究極のゴールなんだけど。うん、実はそうなんです |
| 管野: |
それは自分が思ってるほど周りはそうでもない |
| 藤田: |
周りはね、違う目で私を見てくれてると思うんだけど、周りがどう見るかより自分が自分をどう見るか。それはね、これからもっと頑張って自己価値っていうんですか?そういうのを豊かにしていきたいな〜と思って |
| 管野: |
それはねー、そうとう難しい問題だと思うよ。僕なんかは結構年くってきて、写真しかない、みたいなところまで来てるじゃない?ある時期から俺は写真でしか生きて行けないなと、思うところが見えちゃったりしてくるじゃない?そうするとある種強くなっちゃったりするんだけど。すごく誇りに思えてきているわけよ。そういうとこが自分の強さになってるのかなって |
| 藤田: |
それしか術はないと思う。やっぱり自分で努力して自分に自信をつけていくしかないと思う。いくら人に貴方は素敵よって言われても、グレース・ケリーっていたでしょ?あの方って実は自信がない人で、あの人すっごいコンプレックス持ちだったの。いっくら周りに言われても |
| 管野: |
死ぬまで? |
| 藤田: |
うん、死ぬまで自信を持ってなかったの。だからやっぱり、グレース・ケリーと比べるのはなんだけど(笑)それぐらいやっぱり自分に自信を付けていくしかないから |
| 管野: |
あとはあれだね、今後の理麻ちゃんの何かやりたい事、まぁここまでやりたい事をやってて、今言うのも変な話だけど、次になにかやりたい事とかそういうのありますか? |
| 藤田: |
うーん、、あの、基本的に本を持たない、絵本を持たない国の子供達っていっぱいいると思うのね。例えばアフガンの子だってそうだし、そういう子たちに本を作って、作り続けてあげたいなって。だから絵を描くのも私だけじゃなくていろんな人に参加してもらって、極端な話だけど例え私が死んでも、それだけでちゃんと続いていくような機関にしていきたいな〜と思って。絵もいろんな絵があった方が子供も楽しいだろうし、私のプロジェクトじゃなくて、みんなのプロジェクトっていう風にして、私がいなくても続いていくようなものにしたいなーって |
| 管野: |
でもやっぱりね、ちゃんと理麻ちゃんがいないと駄目よ |
| 藤田: |
はい。しばらくはやりますけど |
| 管野: |
あとはやっぱり理麻ちゃんに賛同する若いイラストレータとかアーティストが集ってきた時に始める |
| 藤田: |
本はやっぱ大事ですよ。コンピュータ化してきてるし、絵本を誰かが読んであげるっていうのはすごい子供にとって大事だから。だから管野さん写真でもいいんですよ、写真と絵が一緒でもいいしね |
| 管野: |
おお!いいねーやろうよ |
| 藤田: |
やろうやろう!!やっぱり写真しかできない事と、絵にしかできないことの要素が違うから |
| 管野: |
それちょっとテーマで来年、再来年になるかわからないけど、コラボできるようなね |
| 藤田: |
やりましょうよ 管野さんを巻き込んで(笑)巻き込むのうまいから |
| 管野: |
巻き込まれちゃうわ〜みたいな(笑) |